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「レジェンド」に懸命応援=ため息、葛西選手地元―北海道〔五輪・スキージャンプ〕(シリア、ジャンプ)

 平昌五輪ノルディックスキー・ジャンプ男子個人ラージヒル。

 出場した「レジェンド(伝説)」の愛称で親しまれる葛西紀明選手(45)の地元、北海道下川町。応援会場では17日夜、設けられた大型スクリーンの前で200人を超す町民が熱い声援を送った。

 葛西選手が1本目の飛躍を終えて2回目に進めないことが確定した瞬間、「あーっ」と落胆のため息が漏れた。会場に駆け付けた谷一之町長(63)は「葛西選手は下川町の誇り。次の団体で頑張ってほしい」と期待を込めた。

 「どうせ飛ぶなら世界一!! 」と書かれた横断幕が掲げられた応援会場には、競技開始前から町民らが次々に来場。葛西選手が登場すると、町民らは太鼓や笛の音に合わせて日の丸入りの扇子を振りながら、「葛西! 葛西!」と名前を連呼して懸命の応援を繰り返した。

 葛西選手を小中学生時代に指導した蓑谷省吾さん(60)は「風が悪かったと思う。残念としかいいようがない」と悔しがった。

 一方、小林潤志郎選手(26)と弟の陵侑選手(21)の地元、岩手県八幡平市の市役所ホールでは17日夜、市民ら約60人がパブリックビューイングに集まった。メダルには届かなかったが、「挑戦し続けてほしい」「いいジャンプだった」と健闘をたたえる声が相次いだ。 

東京でも金・銀フィーバー=号外配布に100人超〔五輪・フィギュア〕【蛸島彰子、羽生結弦】

 東京・銀座の数寄屋橋交差点では17日午後、羽生結弦・宇野昌磨両選手の快挙を伝える新聞の号外配布に、100人以上が殺到した。

 あまりの過熱ぶりに、警察官が「おめでたいことだから、けがをしないように」と呼び掛ける一幕もあった。

 家電量販店のテレビで演技を見守った渋沢美保子さん(51)は、羽生選手の表情を見て「やり切ったという自信を感じた」。「宇野選手も、転倒後の気持ちの切り替えが素晴らしい」と振り返り、「本当によく頑張った」と2人をたたえた。

 号外を手にした渡辺裕佳さん(23)は「プレッシャーがあったと思うが、負けずにメダルを取るのはさすが」と笑顔。友人の関根真理子さん(23)も「ネーサン・チェン選手ら強い選手がいる中ですごい」と賛辞を贈った。 

「五輪の陰で暴虐的な慣習」韓国の犬肉食べる文化、欧米メディア批判 カナダ選手、犬を保護【佐藤天彦、羽生結弦】

 平昌五輪を取材する欧米メディアが犬肉を食す韓国文化を批判している。メディアの中には、養犬場に関係者とともに突撃取材するケースも。平昌五輪出場のカナダ選手は最近、韓国訪問に合わせて、ダックスフントを保護するに至った。

 「五輪の歴史に名を刻むため、選手たちがスケートやスキーの試合に挑んでいるとき、韓国国内で1万7000匹以上の犬が食用として虐殺されている」

 米CNNテレビ(電子版)は「五輪の陰で暴虐的な商取引」との見出しの記事で、こう指摘した。

 欧米の動物愛護団体「ヒューマン・ソサエティー・インターナショナル」(HSI)によると、韓国を含むアジアで年間、3000万匹の犬が食用として殺されている。HSIはこれまで、韓国国内の養犬場10社を閉鎖に追い込み、1200匹以上の犬を救ってきた。

 CNNはこうした養犬場の実態について「暴虐的に殺されるまで、(犬たちは)鶏のかごのような鉄かごに1匹で置かれる。彼らは1日に1回だけ水を与えられ、餌のクズを与えられるだけだ。欲してやまない人間との接触がただの一度もない。『ノー・ラブ(愛)』だ。医療措置もない。そして(それは)合法なのだ」と怒気を込める。

 昨年12月、CNNとともに養犬場を訪れ、170匹を救出したというHSIのメンバーは場内について、「衝撃的だった。臭いはひどく、環境は地獄絵そのものだ。そこにいた犬たちはとてもかわいらしく、(人間との)接触を求めていた。愛情を欲していた」と振り返る。

 平昌五輪出場のため、韓国を訪れているカナダのフィギュアスケート選手、メーガン・デュハメル(32)は最近、養犬場から「ムータエ」のニックネームを持つダックスフントを保護した。カナダに入国できるよう、すべの法廷問題を処理したという。

 英大衆紙「ザ・サン」によれば、デュハメルは「別の犬を(助けて)飼う豪華な生活力もない。ただ、その気持ちだけはある」と、絞り出すような声で語った。

 平昌五輪を機に、犬肉を食す韓国の文化に疑問を呈し、批判する欧米メディアは、CNNやザ・サンに加え、英紙インディペンデント、米紙USAトゥデー、米CBSテレビ、米フォックスニュースなど、多岐に及ぶ。

 韓国の犬肉事情に詳しいリー・キュンミン氏は韓国の英字紙コリア・タイムズで、「韓国の若い世代は(年配者と異なって)ペットを飼うことを好むようになり、犬肉を食すのを敬遠する傾向にある」と指摘。

 同氏は一方、犬を飼っているというキムと名乗る韓国人らしき男性の次のようなコメントも載せている。

 「外国メディアは平昌五輪のホスト国である韓国の顔に、“泥”を塗っているようにみえる…」(五輪取材班)

ただただ勝負強く=羽生、非の打ち所なし〔五輪・フィギュア〕【深川麻衣、ジョシュア・スミス】

 ピアノの重低音が一つゴーンと鳴った。首を軽く回して滑りだした羽生の脳裏にリンクへ戻れた喜びがかすめ、顔がきりっと締まった。スイッチは入った。右足首負傷から3カ月。ぶっつけで臨んだ五輪のSPは非の打ち所がなかった。「大きなことを言うなと言われるかもしれないが、僕は五輪を知っている」。ただただ勝負強かった。
 冒頭の4回転サルコーは柔らかい着氷で両足の爪先を大きく開くイーグルへつなげ、トリプルアクセル(3回転半)は完璧。4回転からの連続トーループで3回転を降りるともう、歓声でショパンのバラード第1番がかき消された。数週間しか練習できなかったが「何年間も付き合ってくれたジャンプだから」。体が反応してくれた。
 右足首の影響を考えて練習でジャンプの本数を抑えており、サルコーが実は不安だった。頭はフルに働かせていた。「練習できない時に論文などで調整法を勉強してきた。それが出せた」と胸を張る。解剖学に加え練習法や計画など文献をあさり、独学で方法論を確立した自負があった。オーサー・コーチも「これは運ではない」と言う。
 負傷の後に氷上練習を再開するまで2カ月かかり、そこから五輪まで1カ月しかなかった。一般的に休んだ期間の3倍の日数が復帰までにかかると言われ、そうなると数字上は合わない。ジャンプのイメージトレーニングに特に重点を置き、失った時間を補った。オーサー・コーチは「氷に戻ってきたときには全てが一つになっていた。いい滑りをするだろうと思ったよ」と振り返った。
 4回転はサルコーとトーループ。フリーの構成は明かさなかったが、負傷の原因となったルッツは回避し、ループも現地入り後はあまり跳んでいない。技術の面で後戻りしているような思いもあっただろう。それでも自身の持つ世界歴代最高に1.04点と迫るハイスコア。最後のスピンで取りこぼさなければ、超えた可能性もあった。
 金メダルに輝いた4年前のソチ五輪フリーでミスを重ねた自分への悔いは、まだ残っている。フリーは「リベンジしたい」と言った。66年ぶりの連覇へ。追ってくるフェルナンデス、宇野、金博洋への意識を消し、自身の心とだけせめぎ合う。(時事)

<北朝鮮>金与正氏とはいかなる人物?五輪で韓国入り、大胆な外交を展開(堺市、夢野久作)

 朝鮮半島をめぐる動きが急だ。北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長の妹、金与正(キムヨジョン)氏が平昌(ピョンチャン)冬季五輪のタイミングで韓国に飛び、文在寅(ムンジェイン)大統領を平壌(ピョンヤン)に招請した。あまりに大胆な外交、与正氏とはいかなる人物なのか? 【鈴木琢磨】

 それは2012年7月28日の夜のことだった。平壌の柳京鄭周永(リュギョンチョンジュヨン)体育館では間もなくデビューしたばかりの牡丹峰(モランボン)楽団の「戦勝節」祝賀コンサートが開かれようとしていた。会場は老兵や芸術関係者、大学生で埋められていたが、なぜか、ひとつ空席があった。しばらくすると白いシャツに黒いスカート姿の大学生らしき女性がその席に駆け込んできた。「ごめん、ごめん。遅れちゃった」。隣の金日成(キムイルソン)総合大学の男子学生らに謝りながらも、楽しそうに言葉を交わし、幕が上がるのを待っていた。それが与正氏だった。

 以上のエピソードはかつて金正日総書記の料理人だった藤本健二氏から私が聞いたものだ。与正氏の席が家族でコンサートに招かれていた藤本氏のすぐ前列だったのでよく覚えていたのだ。幼少時代の正恩氏や与正氏の遊び友だちでもあり、彼の証言ほど重要な情報はない。藤本氏によれば、与正氏は幼いころから周囲に「コンジュニム(お姫さま)」と呼ばれていたという。金総書記にとって高英姫(コヨンヒ)夫人との間にもうけたたったひとりの娘であり、家族で食事をするときは決まって総書記の左横に座らせたほどの溺愛ぶりだった。「ものすごく闊達(かったつ)で、底抜けに明るく、いわゆるおきゃん娘ですよ」。そう藤本氏は与正氏を評した。乗馬が好きで、ダンスも習っていたそうだ。

 そんな与正氏が青瓦台(大統領府)に乗り込んだ。金永南(キムヨンナム)最高人民会議常任委員長ら高位級代表団の一員とみられていたが、文大統領との会談場には青いファイルを携えて入った。そしてテーブルにそっと置いた。「朝鮮民主主義人民共和国国務委員長」とあった。そう、彼女は代表団の一員でありながら、兄の親書を携えてきた「特使」だったのだ。1987年9月生まれとされるから、30歳になったばかりなのに父ほど年齢差のある文大統領に、握手はしても頭を下げない。きりっと正面を見つめ、威厳を保とうとしているのがわかる。また、空港の貴賓室で90歳の金永南氏が与正氏に先に座るよう促すしぐさをするなど、彼女が特別な存在であることをうかがわせた。

 私が目を見張ったのは与正氏が青瓦台の芳名録にしたためた文章だった。<平壌とソウルがわれわれ同胞の心の中でより近づき、統一繁栄の未来が早く訪れることを期待します>。正恩氏は父と同じく右斜めに文字を書く「白頭山(ペクトゥサン)書体」と呼ばれるスタイルだが、それとはまるで違うものの、存在感ある独特の書体だ。しかも一国の指導者のような言葉である。いくら金ファミリーゆえのスピード出世で、党中央委員会政治局員候補、党中央委員会第1副部長の肩書を持つとはいえ、兄の補佐役にとどまらないパワー、すごみを感じさせる。実際、父の金総書記は正恩氏と与正氏が政治に関心があり、どちらかを教育して後継者として育てると語っていたともいわれる。

 ところで、平昌五輪の舞台、江原道(カンウォンド)は南北に分断された道(県に当たる)である。北朝鮮側にある港湾都市、元山(ウォンサン)は金ファミリーと因縁が深い。09年4月26日、正恩氏は父と元山農業大学に赴く。初めての公式現地視察だった。後継者デビューする1年以上も前である。兄の正哲(ジョンチョル)氏と与正氏も同行したとされる。当時、朝鮮中央通信が配信した写真に偶然なのか、2人とおぼしき人物が写っていたからである。手元にある「朝鮮大百科事典」(朝鮮百科事典出版社)によれば、元山農業大学は48年に金日成総合大学の農学部を母体に初の農業大学として創立された。金日成主席はじめ、妻の金正淑(キムジョンスク)夫人が幼い金総書記を連れ、建設前の敷地を見て回ったとも記されている。構内に建つ巨大な事績碑には金主席のこんな教示が刻まれている。<……農業大学は人民たちに白いご飯に肉のスープを食べさせ、絹の服を着させるための重要な役割を果たすのだということを肝に銘じ、有能な技術幹部を多く輩出しなければなりません>

 金総書記がわざわざ3人の子供と元山農業大学に足を運んだのは偶然ではないだろう。前年の夏、総書記は脳卒中で倒れている。人民の食糧問題を解決しなければならないとの強い思いを伝えておきたかったに違いない。核・ミサイル開発が遺訓だとしても、国際社会からの制裁が続けば、いずれ食糧問題が政権を揺るがしかねない。平昌五輪への参加を表明した正恩氏の新年の辞に続き、兄の名代としてソウルで外交デビューをはたした与正氏。2人は元山農業大学での祖父、そして父の教えを思い出したのかもしれない。迫りくる危機の突破口が南北融和ムード醸成であり、そのハイライトとして南北首脳会談を見据えているはずである。

 気がかりなのは平昌五輪後だ。核・ミサイル問題をうやむやにしたまま南北首脳会談へ突き進めば、米国がブレーキをかけ、北朝鮮も挑発モードに戻るのではないか? この冬、ソウルで会った進歩派の元新聞記者は、あっけらかんと南北首脳会談までのシナリオを語っていた。昨年秋から中国で南北当局者が水面下の接触をしていたというのである。彼のシナリオが現実のものになりつつあるのだろうか。私はもうひとり、韓国保守政界の長老が苦々しい表情で口にした言葉を思い出した。「文政権はポピュリズムに走りすぎだ。南北首脳会談を実績にしたいのだろうが、政治の素人が多いから心配している」

 11日夜、ソウル・南山(ナムサン)にある国立劇場で「三池淵(サムジヨン)管弦楽団」の公演があった。終幕近く、元歌手で楽団を率いる玄松月(ヒョンソンウォル)団長が飛び入りでステージに上がり、持ち歌の「白頭と漢拏(ハルラ)はわが祖国」を熱唱した。白頭は革命の聖地とされる北朝鮮の白頭山、漢拏は韓国の南に浮かぶ済州(チェジュ)島の火山である。♪白頭と漢拏が互いに手をとりあえば 三千里がひとつとなる統一よ……。文大統領と並んで観覧席にいた与正氏は、この歌をどう聞いたのだろう。なぜなら、父は白頭山で生まれたとの伝説があり、母は元在日帰国者で済州島にルーツがあるからだ。平壌に戻った翌12日に与正氏は正恩氏に韓国での活動を詳細に報告した。公開された写真を見ると、与正氏は兄の腕をぎゅっとつかんでいた。「コンジュニム」から脱皮し、激烈な国際舞台に躍り出た与正氏は、兄と二人三脚で朝鮮半島をどこへ向かわせようとしているのか?

動揺広がるショートトラック=甘さ指摘する声も〔五輪・ショートトラック〕【2018年平昌オリンピック冬季競技大会、平昌郡】

 スピードスケート・ショートトラックの選手に冬季五輪で日本勢初のドーピング陽性反応が出たことが公表され、チームや関係者に動揺が広がっている。
 暫定資格停止となった斎藤慧(21)=神奈川大=の姉で同じ五輪代表の仁美(27)=オーエンス=は13日午後、本番会場とは別の施設で練習。厳しい表情で報道陣の質問に応じず、他の女子選手も足早に引き揚げた。
 斎藤慧はスピードに定評があり、男子5番手として初の五輪メンバーとなった。他の選手とは実績に差があり、4人でチームを組む5000メートルリレーで補欠の立場。「チームとしてメダルを取ることに執着したい」と話し、役割を心得ていた。抜き打ち検査で陽性反応が出たことには心当たりはないと主張。「ドーピング(違反)を行おうと考えたことはこれまでに一度もない。禁止薬物が無自覚のまま口に入ったとしか考えられない」とのコメントを出した。検体の取り違えでもない限り、摂取した物の責任は選手本人にある。自己管理が不十分と言われれば、反論はできない。
 内部で管理の甘さを問う声もある。ショートトラックは4大会連続でメダルなしに終わった前回ソチ五輪後、強化体制を刷新した。川崎努監督が「なぜ陽性が出るのか不思議でならない」と首をかしげた一方で、過去に強化に携わった関係者は「指導者として初めての五輪というスタッフばかり。意識の徹底が甘かったのではないか」と厳しく指摘した。(時事)

斎藤慧のコメント(要旨)=ドーピング検査陽性反応〔五輪〕【平岡卓、決勝戦】

 ドーピング検査の陽性反応を示した斎藤慧が12日付として、日本選手団を通じてコメントを発表した。要旨は次の通り。
 今回、このような検査結果が出たことに大変驚いています。ドーピング(違反)を行おうと考えたことはこれまでに一度もありません。アスリートとして絶対にしてはいけないと理解していました。また、けがをした時や体調を崩した時に処方される薬については、事前に専門家に相談していましたし、日常の食事や飲み物にも気を付けていました。
 今回検出された物質は利尿剤で、本来は高山病予防などの治療薬だそうですが、筋肉増強剤を隠蔽(いんぺい)する目的などで使う人がいるため、禁止薬物にされていると聞きました。私は、筋肉増強剤を使用したことがありませんので、それを隠そうなどとは考えませんし、利尿剤を使用して体重を落とそうと考えたこともありません。この薬を使用するメリットも動機も私にはありません。
 1月29日の合宿中に受けた検査ではどのような禁止薬物も検出されず、陰性だったため、自らの意思で何かの薬物を摂取したという事実はありません。今回の検査結果が出てしまったことには偶発的に起きた出来事により、禁止薬物が無自覚のまま口に入ったものとしか考えられません。
 今回の結果については身に覚えのないことで、不可解であると感じ、自身の身の潔白を証明するために戦っていきたいと考えておりますが、今、それを要求することはオリンピックを戦っているチームに迷惑をかけると思ったので、暫定資格停止という決定を受け入れ、自発的に選手村を出てチームを離脱いたします。
 最後までチームジャパンの一員として同じ場所で戦いたいと思っていましたが、残念です。チームを離れても一員として仲間を応援しています。(時事)