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なぜ復活?「オー人事、オー人事」 20年経てテレビCM公開、過去との違いは? スタッフサービスに聞く【長官、行列のできる法律相談所】

 チャイコフスキーの「弦楽セレナーデ」の旋律に合わせて流れるフレーズ「オー人事、オー人事」。かつて話題になったスタッフサービス(本社・東京都)のテレビCMです。先週金曜日から新バージョンの放送が始まったのですが、なぜ復活させることになったのでしょうか? 担当者に話を聞きました。

遂にあの名車が現代に復活! 新生「ストラトス」の市販化をイタリアのカスタム・メーカーが発表【上方落語、人気】

遂にあの「ストラトス」が現代に復活する。フィアット・クライスラー・オートモービルズ(FCA)の中には、ランチアからもう一度ストラトスを発売しようと考える人はいないようだが、代わりにエンスージアストの夢を実現させるのは、「アポロ アロー」やジェームス・グリッケンハウスの傑作「SCG003S」を手掛けた、少量生産のカスタム・ビルダー、MAT(マニファットゥーラ・アウトモビリ・トリノ)社だ。

8年近い時を経て誕生する運びとなった新生ストラトスは、MATがドイツの自動車部品メーカーを営む実業家ミヒャエル・シュトーシェック氏の依頼を受けて2010年にワンオフで製作した「ニュー・ストラトス」がベースになっている。当時も市販化の計画があったのだが、フェラーリという壁が立ち塞がり実現しなかった。

シュトーシェック氏のニュー・ストラトスには、フェラーリ「F430」のアルミ製スペースフレームを切り詰めたシャシーと、自然吸気4.3リッターV型8気筒エンジンが使われていた。そしてはフェラーリはその事実をかぎつけたのだ。

当時、グリッケンハウス氏の「P4/5 コンペティツィオーネ」は同じくF430の高価なパーツを使用して作られ、すでにフェラーリのオリジナルよりも絶賛を浴びていた。これにフェラーリのバッジを付けてレースに出場したいというスクーデリア・キャメロン・グリッケンハウスの案は拒否され、ニュー・ストラトス誕生のタイミングは最悪だった。

あれから8年経った今、復活するストラトスは2010年のワンオフ・モデルとほとんど同じルックスに、「500馬力以上」を発揮する不明のエンジンが搭載されるという。レイアウトはオリジナルのストラトスと同じミッドシップが採用されるだろう(ランチアがストラトスに「ディーノ」のV6エンジンを使用した時には、フェラーリの怒りを買うことはなかった)。しかし、それ以外の機械的な仕様に関する情報は、MATから明らかにされていない。

新生ストラトスの車重はわずか1,274kgで、全長はオリジナルと同じ3.7mほどだが、全幅はかなりワイドだ。シャシーに関する情報はないが、常識的に考えてアルファ ロメオ「4C」のカーボンファイバー製モノコックが採用されると推測するのが妥当だろう。フェラーリのシャシーが使われるとは考えにくい(少なくともフェラーリの承認は得られまい)。しかし、4Cのシャシーに「ジュリア」のV6ツインターボ・エンジンを載せることは、経済的にも性能的にも理に適っている。

とは言え、そこはイタリアという国とイタリアン・スポーツカーの世界である。常識が通用するとは限らない。何しろベルトーネに在籍するマルチェロ・ガンディーニがデザインした歴史を覆し、ライバルのピニンファリーナがオリジナルに敬意を表して新生ストラトスを設計することになったのだから。冷たいチーズを熱いナイフで削ったようなくさび型のボディや、大袈裟なウインドスクリーンのカーブ、脱着可能なボンネットとエンジンカバーなど、多くのデザイン的な特徴がオリジナルのストラトスから受け継がれている。ロールケージはシャシーに溶接され、両側のドアには乗員2人分のヘルメットを収納するスペースがあり、エアコンまで装備されている。

「デザインとパフォーマンスにおいて今なお高いレベルを保っている、1970年代に人々を最も魅了したラリーカーの後継モデルを、他の熱心な自動車エンスージアストの皆さんにも体験していただけるというのは嬉しい限りです」とシュトーシェック氏は述べている。今回のMATによる発表は、シュトーシェック氏から「ニュー・ストラトスを同じデザインとテクノロジーを使って複製する許可を得た」ことを意味している。

ランチアは1973年から、フィアットがラリー用予算のほとんどをランチアから自社の「131アバルト」による活動へ回すことに決めた1978年までの間に、492台の「ストラトスHF」を生産した。ストラトスはスター・デザイナー、ガンディーニによる傑作の1つで、彼は既にランボルギーニ「ミウラ」や「カウンタック」を世に送り出していた。世界ラリー選手権(WRC)18勝、総合優勝3回というストラスの記録には、イタリアのレーシング・ドライバー、サンドロ・ムナーリによる1975年、76年、77年のモンテカルロ・ラリー3連覇も含まれている。

ランチアのラリーにおける輝かしい経歴はストラトスで終わったわけではない。1983年にWRCで優勝した最後の後輪駆動車は「037ラリー」であり、1980年代後半から1990年代初めには「デルタ」がグループA草創期を席捲した。

しかしそれ以降、ランチアはすっかり鳴りを潜めてしまった。現在のランチアは基本的にフィアットをベースにした小型ハッチバック「イプシロン」1車種のみを、ほぼイタリア市場だけで販売しており、その対象となっているのはほとんどイタリア女性である。華々しい時代は過去のものとなってしまい、FCAもアルファ ロメオの再生に注力している状況下で、さらにストラトス復活を自社で逃したランチアに、栄光の日々が戻って来ることはないだろう。

By MICHAEL TAYLOR
翻訳:日本映像翻訳アカデミー